その2
黙示録を読んでみよう篇


それでは今回は、ベアトゥス写本を見ながら黙示録の世界を覗いてみましょう。
と、その前に黙示録の説明をサラッと。

まず、黙示録とは新約聖書の中で唯一の預言書です。
作者は12使徒のヨハネだと言われてきましたが、現在は「たぶん違うんじゃない?」という考えが主流のようです。
物語のおおまかな流れは、

第1部 神様からヨハネが7つの教会に手紙を書くように言われる。
第2部 神様からヨハネが幻を見せられる(預言)
◆子羊が神様の封印のある巻物を開く(封印を解くたびにいろんな事が起こる)
◆天使がラッパを吹く(ラッパを吹くたびにいろんな事が起こる)
◆天使と竜が戦い、敗れた竜は地上に。
◆獣とともに地上を支配。
◆なんだかんだで竜も獣もやっつけられ。
◆神の都が天から降りてくる。

と、まぁこんな感じのお話になってます。
この子羊が出てくるところからも、この物語がイエス・キリストの生涯をテーマしたものになっているのが見て取れるのですが、それに加えて黙示録では4福音史家の象徴(ワシやライオン)や旧約聖書からの引用、そして善と悪との最終戦争という壮大なラストを用意して私たちを世界の終わりへ案内してくれます。

黙示録には“7つの目の子羊”や“人の顔をしたイナゴ”などイメージや象徴にあふれているのもこの物語の特徴で、象徴の意味が何を示すものかがわかりにくくなっています。。
そのため、ベアトゥスが書いたような黙示録の注釈が必要とされたんですね。

またベアトゥスの黙示録注解の執筆動機として、東方教会における黙示録の過小評価というのが考えられます。
西ヨーロッパでは黙示録は使徒ヨハネがかいたものと信じられていましたが、東方教会では聖書としてみとめていないところもあるぐらいでした。
そこでベアトゥスは黙示録を聖書の1書としてではなく、聖書全体を包み込むような形のものとして捉えようとしたようです。
もともと、キリストの出現はすでに旧約聖書のなかであらかじめ預言されていたとする「予型論」という考えがありました。
つまり新約聖書と旧約聖書は形を変えているが、入れ子の構造になった同じものだという考えです。
ベアトゥスはそれを発展させ、黙示録は新約・旧約の聖書全体が入った入れ子の構造のものだと考えたようです。

彼は過去の修道士の著作を引用しつつ、自分の定義も加えていき約20年ほどをかけてこの注解を書き上げたようです。
なかには、引用した原本が今では失われていて、ベアトゥスの文章からその原本を推察するという研究も行なわれているそうです。


さてさて、前置きはこれぐらいにしときましょう。。
なお下の黙示録の文章は欽定訳を翻訳ソフトにかけたものを私が要約したヘナチョコなものです。
聖書をお持ちでしたら、ぜひそちらを参考にしてください。
それではベアトゥス写本の黙示録の世界へ行ってみましょう。



                  



ジローナ写本 f 34 r

Ms. 7
975年7月6日
ジローナ 大聖堂


第1章 7
彼は雲とともにやって来る。
そして、あらゆる人が彼を見る。
彼を突き刺した人も。
地球のすべての人が彼を見てなげき悲しむ。
イエス様が預言どおり天使を従えて地上に降りてきます。
感動的な始まり方ですね。
つかみはバッチリです。
写本といえばギッチリ描き込まれた文字と装飾が定番ですが、ジローナ写本は空間を生かした構図がとられています。
空けた空間が空を演出していて効果的ですね。



                  



ファクンドゥス写本 f.6

ms. Vitr. 14-2
1047年
マドリード 国立図書館


第1章 8
前から居り、今もいる、そしてやがて来る全能なる方は言われる。
「私はアルファでありオメガだ」
アルファとオメガはギリシャ語の初めと終りのアルファベット。
ここでは写本の始まりを示すように大きくΑが描かれています。
ω(オメガ)はイエス様が左手に持ってますね。
ファクンドゥス写本はカスティーリャ王フェルナンド一世とその王妃のために作られたので、バックが皇帝の色・紫で着色されています。



                  




ジローナ写本 f 70 v

Ms. 7
975年7月6日
ジローナ 大聖堂


第2章 1
エフェソの教会の天使に書きなさい。
彼は右手に7つの星があり、7つの燭台のあいだを歩きます。
その方が言います。
「私はあなたの行動と労働と忍耐を知っている。」
黙示録第1部は7つの教会への手紙で構成されています。
教会はエフェソ・スミルナ・ペルガモ・テアテラ・サルデス・フィラデルフィア・ラオデキアの7つです。
内容は褒められているものから、もっと頑張れと励まされているものまでいろいろですが、ベアトゥスさんいわく7つとは全世界をあらわす数字だそうで、これは全世界の教会に向けられたメッセージなんだそうです。
さて、次からいよいよ預言の始まりです。



                  



シロス写本 f 86 v

Add. Ms. 11695,
9世紀後半
大英図書館


第5章 1
私は玉座に座っている方が巻物を持っておられるのを見た。
その巻物の封印を開く人がいなかったので私は涙した。
すると年長者の者が私に言った。
「見よ、ユダの部族のライオン、ダビデの祖先が7つの封印を開く」
そこには7つの角と7つの目をした子羊がいた。
この絵の場面には神様、天使、子羊(イエス)そして4福音史家をあらわす天使・ライオン・ワシ・牛が描かれています。
にぎやかですね。
輪ッかの一番下で寝そべっているのがヨハネさんご本人です。
黙示録本文に7つの目と書かれていても、この時代そのとおりに絵で表現されることは少なく、ベアトゥス写本ではほとんど省略されるのが通例のようです。



                  



アローヨ写本 f 79 v

Ms. nouv. acq. lat. 2290、
13世紀後半
フランス国立図書館
第7章 2
東から天使がやってきて言った。
「わたしが神に忠実な者に印を押すまで大地にも海にも害を与えてはいけない」
私は印を押された者の数を聞くと、その数は14万4千人であった。
子羊が巻物の7つの封印を開くと、そのたびにいろんなもの出てきます。
平和を取り去る者、死、災害。
これは次に始まる本格的な神の怒りの前哨戦のような印象を受けます。
さて、7つめの封印が解かれると天使に7つのラッパが与えられます。



                  



カルデーニャ写本 f 8

Ms.2
1180年頃
マドリード 国立考古学博物館


第8章 7
一番目のラッパが吹き鳴らされると、血の混じった氷と火が地上に降りそそいだ。
木の3分の1は焼かれ、草はすべてが焼き尽くされた。
天使がラッパを吹くたびに恐ろしい災害が起こります。
もう、たいへんです。
ベアトゥス写本の色使いが明るいのだけが救いです。
この大胆な色面で区切る構成がベアトゥス写本の特徴になってます。



                  



アローヨ写本 f 93 v

Ms. nouv. acq. lat. 2290、
13世紀後半
フランス国立図書館
第8章 8
2番目のラッパが吹き鳴らされると、炎で燃えているような山が海に投げ込まれた。
そして、海の3分の1は血に変わり、海の生物は3分の1が生き絶え、3分の1の船が沈んだ。
船が沈んで人々がたいへんな目にあってますが、ここでも色使いは明るいですね。
アローヨ写本では青の顔料は当時、金と同額だったといわれるラピスラズリを使用しています。



                  



カルデーニャ写本 f 96 v

Ms.2
1180年頃
マドリード 国立考古学博物館
第8章 10
3番目のラッパが吹き鳴らされると、天から燃えさかる巨大な星が落とされた。
それは川の3分の1と水源に被害をあたえた。
星の名は“苦ヨモギ”といい水の3分の1が苦くなった。
そのため多くの人が死んでしまった。
さてさて、いよいよ死人が出るようになってきましたが、この災害を額面どおりに受けとってはならない、とベアトゥスさんは言います。
つまり、ここに出てくる水とは「教会」のこと。
その水を苦くさせる星は「いつわりの教え」なんだそうです。
それから、下のハダカの人たち。
あの人たちは死んでる人です。
生きてる人は服を着て、死んだ人はハダカで描くといったルールがこの頃あったようです。



                  



ジローナ写本 f 153 r

Ms. 7
975年7月6日
ジローナ 大聖堂


第8章 12
4番目のラッパが吹き鳴らされると、太陽と月と星が打たれて3分の1暗くなった。
そのため昼は暗くなり、夜も星が輝かなくなった。
1羽のワシが飛びながら叫ぶ。
「悲しい、悲しい、地上に生きる者は。
まだ3人の天使がラッパを吹こうとしている」
ここで表現されている太陽、星、月も教会をあらわしているといいます。
そして絵にある太陽(sol)と月(luna)が3分割されているのは、教会と異教と偽りの教えがあらわされていて、教会が光を失い世の中が暗くなるといった例えなんだそうです。



                  



カルデーニャ写本 f 10

Ms.2
1180年頃
マドリード 国立考古学博物館


第9章 1
5番目のラッパが吹き鳴らされると、星が天から地上に転がり落ちた。
そこから煙がたち、煙の中からイナゴが出てきた。
それらはサソリのような力が与えられ、地上の草に害をなしてはいけないが、神の印がない人々に害を与えてよいとされた。

ベアトゥスさんによると、ここでサソリと表現されているのは、気弱な人々をさしているそうです。
気弱な精神は悪魔にそそのかされやすく、善良に見えても背後に毒を持つサソリのようだというわけです。



                  



カルデーニャ写本 f 11

Ms.2
1180年頃
マドリード 国立考古学博物館


第9章 13
6番目のラッパが吹き鳴らされると、金の祭壇から「ユーフラテス川にいる4人の天使を開放しろ」と声がした。
そして4人の天使は人間の3分の1を殺すために開放された。
その騎兵の数は2億だった。
金の祭壇とはユダヤから生まれた教会を示し、4人の天使は4つの世界(4大陸?)をあらわすもの。
この場面はL型に流れる川が定番として描かれているようで、ファクンドゥス写本でも同じ構図がとられています。
参考 ファクンドゥス写本 f 173
ベアトゥス写本は、どの写本がどの写本を写したものかが比較的判明しており、その系統がT郡とU郡に分類されています。
ちなみにこのファクンドゥス写本は、モーガン写本(資料見つかりません)を手本にして作られたようです。



                  



ジローナ写本 f 164 r

Ms. 7
975年7月6日
ジローナ 大聖堂


第11章 3
私は二人の証人に力をあたえる。
彼らは1260日のあいだ粗布をまとって預言する。
もし彼らを傷つけようとするならば、彼らの口から炎が出て敵を滅ぼすだろう。
そして、彼らが証言を終えると、底なしの穴から獣があらわれ彼らは殺される。
この二人は旧約聖書に出てくる預言者エノクとエリヤをモデルにしたものだと考えられています。
聖書偽典のエノク書では、エノクは生きたまま天に移され神の書記になったと記されている人物です。



                  



シロス写本 f 146 r

Add. Ms. 11695,
9世紀後半
大英図書館

第11章 19
7番目のラッパが吹き鳴らされると、大きな声が天に響いた。
「現世の国はすべて神とキリストのものになった。
キリストは永久不変にこの世を支配する」
そして神の神殿が開かれ、その中に神の契約の箱が見えた。
すると稲妻がひかり雷の音がし、地震がおこり氷が降ってきた。
ベアトゥスさんいわく、神殿とそこに見える契約の箱は、キリストが教会に出現することをあらわしているそうです。
そして、下の怪物は前述の底なし穴から出てきた獣です。
ベアトゥス写本では、上に神殿、下に怪物を配置した構図が系統的に多いようです。



                  



ジローナ写本 f 171v-172r

Ms. 7
975年7月6日
ジローナ 大聖堂


第12章 1 
女は太陽をまとい月を踏み、頭には12の星がついた王冠をのせていた。
彼女は妊娠しており、今にも生まれそうなので苦しんでいた。
そこに竜があらわれた。
竜は7つの頭に10個の角、7つの王冠をかぶっていた。
竜は女の前に立った、生まれてくる子を食うために。

初めて黙示録を読んだときは「ドラクエ」かと思いました。
『スライムがあらわれた』
『勇者は魔法をつかった』
『敵は逃げ去った』
みたいなね。
ゲームの話はさておき、いよいよ竜(サタン)との本格的な戦闘の始まりです。
このジローナの写本でもその様が見開きページでダイナミックに描かれています。
このあと妊娠した女性は神様に守られ、天使と竜の戦いがおこり竜はまけて地上に落とされます。



                  



ファクンドゥス写本 f. 191 v

ms. Vitr. 14-2
1047年
マドリード 国立図書館

第13章 1 
私は海から上がってくる獣を見た。
それは10本の角と7つの頭があった。
角には10の王冠をかぶり、それぞれの頭には神を冒涜する名がつけられていた。
竜は獣に権威をあたえたので人々はこの獣を崇拝した。
ここでも黙示録本文に書かれている10の王冠は獣の頭に描かれていません。
そのかわり獣を崇拝する人々はきちんと描かれています(寝ている人々は拝んでるポーズです)
なにを描くべきで、なにを描かないべきだったのか?
その判断基準が現代人にはよくわからないところです。
この章の最後のところに映画「オーメン」で有名になった数字666が出てきます。
この世界では666の印がない人は買い物も出来ない世の中になってるそうですよ。
それは困るねぇ〜。



                  



ファクンドゥス写本 f. 209

ms. Vitr. 14-2
1047年
マドリード 国立図書館


第14章 14
私は天からの声を聞いた。
「あなたのカマで収穫してください。
その時がきました。
地上の作物は熟しています」
天使はカマを地上に入れブドウを収穫し絞り機にかけた。
絞り機からは血が流れ出し1600スタディオン(約296km)まで広がった。
地上を支配したかにみえた竜たちですが、そうはいきません。
やっぱり神様が勝っちゃうのです。
それにしても悪を刈り取るこのシーンなのに、絵はなんと牧歌的なんでしょう(^o^)
まるで「いとも豪華なる時祷書」の6月のシーンのようです。
でも絞り機がかけられるのが門の前であることから、門は教会をあらわし絞り機はその外でかけられるといった意味もあるそうです。



                  



シロス写本 f 183 v

Add. Ms. 11695,
9世紀後半
大英図書館

第17章 3
私は赤い獣に乗った女を見た。
獣は7つの頭と10の角を持ちたくさんの冒涜の名がつけられていた。
私はこの女がイエスの殉教者の血に喜ぶのを見た。




大淫婦ってすごい名前ですね。
なんでこんな名かというと、この人は地上の王様たちを誘惑して淫らなことをしたそうですよ。
ちなみによく7つ頭の怪物が出てきますが、これはローマの7つの丘をあらわし、10の角とはローマ支配に従う10の王(誘惑された王様)をあらわしているんだそうです。
もちろんこの大淫婦とはローマのことですね。



                  



アローヨ写本 f 147 v

Ms. nouv. acq. lat. 2290、
13世紀後半
フランス国立図書館
第18章 8
あぁ、偉大なるバビロンよ。
強大な都市よ!
その裁きはわずか1時間で終わってしまった。
盛大に燃えてますね。
ついにバビロンも終りのときです。



                  



ファクンドゥス写本 f. 240

ms. Vitr. 14-2
1047年
マドリード 国立図書館

第19章 11
私は天国が開かれるのを見た。
そこには白馬がおり「支える者」とも「真実の者」とも呼ばれる方が馬に乗っていた。
彼の目は炎のようで、頭には多くの冠がのせられていた。
そこには彼自信しか知らない名前が書かれていた。
口からはするどい剣が出ており、それは国を打つためのものだった。

最初に出現する白馬は教会で、それに乗るのはイエス・キリストである、とベアトゥスさんは言っています。
もうこのへんになるとだいたい察しはつきますね。
またしても、黙示録本文にあるような「口から剣」が出ている絵は描かれていません。
なぜなんだ、ファクンドゥス!(この写本は製作者ファクンドゥスの名が付けられています。他にも製作者の名が付いたものはマギウス写本{モーガン写本ともいう}があります)



                  



アローヨ写本 f 160 v

Ms. nouv. acq. lat. 2290、
13世紀後半
フランス国立図書館


第20章 1
私は天使が降りてくるのを見た。
彼の手には底なしの穴の鍵と、偉大な鎖があった。
天使は竜を捕らえ鎖でつなぎ、底なしの穴に落とし鍵をかけ1千年のあいだ出られないようにした。
しかし、その後竜は少しのあいだ開放される。

さて、竜も(絵には竜であるサタンも)捕らえられて、これで1000年は安心です。
今回は5冊のベアトゥス写本の絵をを使って黙示録の物語をたどっていますが、ベアトゥス写本と呼ばれるものは約30冊ほどあります。
この数が専門家の方によってまちまちで、ある人は23冊、ある美術本では31冊、またある専門家の方は全部で33冊で彩色本は26冊であると書いておられます。
数え方が違うのか、はたまたベアトゥス写本とする基準が違うんでしょうか…?



                  



アローヨ写本 f 161 v

Ms. nouv. acq. lat. 2290、
13世紀後半
フランス国立図書館


第21章 10
天使は私を高い山に運び、聖なる都エルサレムが天から降りてくるところを見せた。
その都には高い壁があり12の門があった。
12の門にはそれぞれ天使がおりイスラエルの子の部族の名がつけられていた。

これらのベアトゥス写本は、イスラム美術の影響を受けた「モサラベ芸術」と呼ばれることもあるのですが、皆さん、この写本たちにイスラムの影響を見つけられたでしょうか?
この特異なスタイルの写本をイスラムの影響と考えてしまいがちですが、専門家の中には「意外と影響は少ないのではないか?」と考える方もいるようです。
たしかに文様などはケルトなんですけどね。
それではこのスタイルはスペイン土着のものなんでしょうか?
ガウディやピカソにミロを考えても、スペインって不思議な文化がありますねぇ。



                  



シロス写本 f 216 r

Add. Ms. 11695,
9世紀後半
大英図書館

第22章 9
私ヨハネはこれらのものを見、また聞きました。
私はこれらを示してくれた天使の足にひざまづき崇拝しました。
すると天使は「私を拝まずに、神を崇拝しなさい」と言った。

「見よ、私はすぐにやって来る。
私は報酬をもって、彼らの働きにそれを与えよう。
私はアルファでありオメガだ。
始まりであり終りである。」


これにて、黙示録全22章完結です。
いやぁ、こんな長文を読んでくださってありがとうございました。
しかし、これでもまだ抜け落ちてる章があるので“黙示録完全版”にはなってないのが残念なとこです。
ラッパのシーンが多すぎたでしょうか?
反省会&手直しはまた今度するとして、それでは私もお尻が痛くなってきたのでこのへんで(^^)/



                        ラブリー写字室
                        中世トピックス 012号
                         おしまい