中世トピックス



中世トピックスでは月1回のペースで中世にまつわる企画をおこなっています。
今月の特集はこちら。



黄金伝説




TV番組「いきなり黄金伝説」やアニメ「ルパン三世 バビロンの黄金伝説」、また昔のアイドルの映像を集めた「アイドル黄金伝説シリーズ」など、この『黄金伝説』という言葉はいろんなメディアで便利に活用されています。
たしかに、何やらとてつもない内容をイメージさせる言葉ですよね。
その「黄金伝説」というタイトルを世界に普及させたのは、13世紀の司教ヤコブス・ア・ウォラギネさんの『legenda aurea(黄金伝説)』という書物です。

「黄金伝説」の写本
「黄金伝説(legenda aurea)」
14世紀末〜15世紀初頭
Medeltidshandskrift 19
フォリオ 3r
スウェーデン・ランド大学図書館
「黄金伝説」はこのジェノヴァの大司教でドミニコ会士ウォラギネが書いた聖人の伝記集で、そこにはさまざまな聖人がおこした奇跡や伝道の物語、そして残酷な殉教の姿が描かれています。
命をかけて信仰をつらぬいた聖人たちのお話は今でも胸を打つものですし、物語としても楽しめるものがたくさんあります。
今月のトピックスは、ラテン語にして約1000ページ、日本語でも全4巻にもなる完訳本から、面白いところだけを選んでちょこっと紹介したいと思います。

物語のスジは原作と変わってないはずなんですが、細かい部分で私の脚色がかなり入っていますので、お気をつけくださいませ(^^)
それでは参りましょう。



濡れ衣

聖マリーナ


「聖マリーナ」フランシスコ・デ・スルバラン
「聖マリーナ」
フランシスコ・デ・スルバラン
17世紀
スペイン
ある修道院に一組の父子が修道士になるためにやってきました。
父の名は残っていないのですが、子の名はマリーヌスといいました。
2人はまじめに神に仕えていましたが、マリーヌスが27才のときに父は亡くなります。
それでもマリーヌスは神の子の模範となるような修道生活をおくりました。

そんなある日、修道士が村の娘を妊娠させたという噂が流れます。
娘の言うには「マリーヌスにレイプされた」というのです。
皆がマリーヌスを問い詰めると「私は罪人です」と罪を認めました。
修道院はすぐに彼を追放しましたが、マリーヌスは修道院の外にとどまり罪が許される時を待ちました。

聖マリーナ
作者不詳
やがて村の娘が出産すると、村人は赤ん坊をマリーヌスに押し付けます。
罪のない赤ん坊と、罪に落ちた修道士は門の外でじっと待ち続けました。

2年の時が流れ、修道院の人々も彼の忍耐を見て許す気持ちになり、マリーヌスはふたたび修道院に迎えられました。
彼はいちばん下っ端の修道士として生涯をすごし、やがて天に召されました。
この罪深き修道士を埋葬してやろうと服を脱がせたとき、修道士の仲間たちは驚きました。
マリーヌスは女性だったのです。
マリーヌスの父は修道院に入るとき娘と別れがたいために、娘を男の子として修道院に入れたのでした。
村人と修道士たちは、自分たちの犯した罪に気づきました。
娘は他の男とできていたのです。

マリーヌスは本名である“マリーナ”と名をあらためられ、手厚く教会に葬られました。
彼女が天に召された6月18日は聖マリーナの祭日になっています。



どうでしょう、このどんでんがえし。
でも、感のいい方には画像でオチが見えていたかも(^_^;)
原作では最初からマリーナが女性であることが語られているんですが、物語はドラマティックなほうが面白いのであえてそこは語らずに書いてみました。
芥川龍之介がこの筋書きを使って「奉教人の死」という小説を書いていますが、そこでも主人公が女であることは最期まで隠されています。
この小説は青空文庫でも読めますので興味のある方はどうぞ。



初代隠修士

聖パウロス


聖パウロスが生きた3世紀頃はキリスト教徒が迫害を受けた時代でした。
ある者はキリスト教徒というだけで全身に蜂蜜を塗られ虫に責められ、ある者は花の香りのするやわらかなベッドに縛られ美女に誘惑されるというなんともウラヤマしい拷問を受けました。
堕落させようとしたんですね。
聖パウロスはそれを逃れて人のいない森の中で隠遁生活をはじめます。
その60年のあいだ、まったく人に会うことなく神に祈りを捧げる生活をしたのでした。

さて、ここにアントニウスという修道士がおりました。
彼も隠遁生活をしていたのですが、こんな生活をしているのは自分だけだろうと思っていました。
そんなある日、彼は夢を見ます。
夢の中で天使に「もっと偉大な隠修士がいる」と言われたのです。
彼はその偉大な人物に会うため旅に出ます。

聖パウロスとアントニウス
作者不詳
いくつもの森を抜け、ケンタウルスやサティロス(下半身がヤギの人)、狼などに導かれやアントニウスは聖パウロスの住まいにたどり着きます。
パウロスははじめ、アントニウスに会うのを避けましたが、アントニウスが「あなたに会えなければ死んだほうがマシだ」と言うと家から出てきて彼を抱きしめました。
2人が抱擁していると鳥がパンを持ってやってきます。
お互いが尊敬の念から遠慮してパンに手を出せないでいると、パンはひとりでに2つに割れました。

帰り道、アントニウスが空を見上げると、天使に導かれてパウロスが天に昇ってゆくのが見えました。
あわてて戻ってみるとパウロスはみまかって(亡くなって)いました。
アントニウスはパウロスを埋葬してやろうとしましたが道具がありません。
困っているとライオンが2頭やってきて穴を掘りだしたので、アントニウスはそこにパウロスを埋葬しました。



ライオン、、狼、ケンタウルスと動物や伝説上の生き物まで出てくるので、なんとも幻想的なお話になってますね。
こういうの好きです(^^)
有名なところでは聖フランシスコが鳥に説教をした話や、聖ヒエロニムスに寄り添うライオンの逸話などがあり、黄金伝説でも徳の高い聖人に動物が集まってくる姿がよく描かれています。
そういえば、「薔薇の名前」の中で主人公ウィリアムが、聖フランシスコが鳥に説教した話を思い切り否定するシーンがあってちょっと悲しかったです(泣)








シャルル五世のフランス大年代記
「シャルル五世のフランス大年代記」
より
クロヴィス王を洗礼する聖レミギウス
14世紀末
フランス国立図書館
聖レミギウスは5世紀から6世紀にかけて生きた人で、現在はサン・レミ大聖堂にその名を残している人物です。
この聖人も、食事をしていると雀がやってきて彼の手からパンをもらった話や、洗礼のをするとき香油が無くて困っているとハトが香油の入ったビンを持って飛んできたというお話があります。
でも私がとりあげるのは、レミギウスの姪の話です。

ゲネバルドゥスという男がレミギウスの姪と結婚しましたが、ゲネバルドゥスが司教になるため2人は離婚しました。
この時代、宗教者が女性と接するのは厳格に禁じられていたんですね。
しかし、ケンカ別れしたわけではないので、元妻は彼の説教を聞きにたびたび彼のもとを訪問していました。
それが重なると、やがて元妻は妊娠してしまいます。
このへんは人情として理解できますね。
なんといっても、このあいだまでは夫婦だったんですから。
男の子が生まれましたが、ゲネバルドゥスはこのことを隠して司教を続けます。
しかし、しばらくするとまた元妻は妊娠していまいます。
こんどは女の子でした。
もう隠しきれないと思い、ゲネバルドゥスは聖レミギウスにすべてをうちあけます。
聖レミギウスは彼を小さな部屋に閉じ込めました。
ちょっと残酷。
そのまま7年間、彼はそこで暮らしましたが、ある日天の御使いがやってきて彼の罪は許されました。



う〜ん、Hしたからってそこまでしなくても。
小さい頃から修道院に入って、まったく女性を知らないのなら禁欲的な生活も耐えれるんでしょうけど…
聖人が怒ったのは嘘をついたからなのかな?とか、世間の目が向いていたから厳しい罰を与えたのかな?などと、いろいろ考えてしまいます。
でも、無理なルールを作ってそれを強引に守らせちゃうのが、中世という時代の面白さなのかも。
なんか壮大な罰ゲームをやってるみたいです(1000年間も)



慈善家

聖ヨハネス


病人を癒す聖ヨハネス
「病人を癒す聖ヨハネス」
作者不詳
バレッタ・国立美術館(マルタ共和国)
聖ヨハネスは7世紀初頭のアレクサンドリア総大司教です。
ある日、オリーブの冠をつけた乙女のまぼろしを見て慈善家として目覚めます(オリーブは慈善の象徴)
ここでは、聖ヨハネスがよく語ったという物語を紹介しましょう。


アレクサンドリアに住んでいた乞食たちが集まって世間話に花を咲かせていました。
話題は、よく物を恵んでくれる人と、裕福なのに小銭1枚くれないケチな人のことです。
一番ケチなのは誰かという話になり、全員一致で取税人ペトルスがアレクサンドリアでbPのケチだということになりました。
彼は乞食を見ると、石を投げたり棒で追い払ったりしていたのです。
それでは、誰かペトルスに物を恵んでもらえるか競争しようという賭けが始まりました。

まず勇気のある乞食がペトルスの家にむかいました。
彼は言います「なにかお恵みを」
ペトルスはいつものように石を投げようとしますが、石が見当たりません。
そこへちょうどパンをかかえた召使が通りかかったので、ペトルスは石を投げるようにパンを乞食にむかって投げました。
そのパンを拾うと、乞食は仲間の所へ持ち帰り「あのペトルスからパンをちょうだいしてきたぞ」と自慢しました。

その日から取税人ペトルスは病気になり倒れてしまいます。
原因不明の高熱のなか、ペトルスは不思議な夢を見ます。
夢のなかで彼は天の裁きをうけているのです。
目の前には大きな天秤があり、片方には黒い皿と黒い服の人がいて、片方には白い皿と白い服の人が立っています。
黒い皿にはペトルスが今まで犯した罪が山のように載せられていますが、白い皿にはなにも載せられていません。
白い服の人は悲しんで言います「あぁ、この男は生きているうちに善い行いをしたことがないので、何も載せるものがない。あるのは昨日乞食に投げつけたパンだけだ」
白い人がパンを手に取り天秤に載せると、不思議なことに天秤は平行になりちょうど釣り合いました。

そこでペトルスは目を覚まします。
彼は思いました。
「あのパン一つであれだけの罪が帳消しになるなら、もっと善いことをしてみよう」
彼は変わり始めます。

船が難破して裸でいる水夫がいたので、ペトルスは着ていた上等の服を彼にやりました。
しかし、その日のうちにペトルスは古着屋で自分の服が売られているのを見てガッカリします。
水夫には上等の服より、お金と普通の服でよかったのです。
落ち込んだペトルスが眠りに落ちると、夢に自分の服を着た光る人があらわれて言います。
「ペトルスよ、なぜ泣くのか。私はあなたに礼を言いにきた。寒さに震えていた私にこの服を恵んでくれたから」

目を覚ましたペトルスはもう別人でした。
財産をすべて整理し、お金を貧しい人に分け与えました。
そして、売るものが無くなると自分を奴隷として売りはらいました。
彼は自分も貧しい人になり、取税人ペトルスという過去は隠して銀細工師の家で下働きをしました。
しかしある日、銀細工師の家に客が集まったとき、あの下働きは取税人ペトルスではないかと言う者がありました。
それに気づいたペトルスは姿を隠し、それいらい行方不明になったということです。



このキリスト教のテーマである自己犠牲の物語はグッときちゃいますね。
きっとこういう物語がキリスト教を世界宗教にした原動力のひとつだと思います。
じっさい民衆がこの「黄金伝説」を読む機会は少なかったでしょうが、説教師の話す聖人の伝説は中世の人々の心をとらえていたようです。
聖人の残した遺物は高値で売買され、街どうしで聖人の遺体を奪いあうこともしばしばだったということです。
なにも、そこまで熱狂しなくても…



1万1000人の乙女たち

聖ウルスラ


「黄金伝説」の写本より
「黄金伝説」より
1万1000人の乙女たち
ジュネーブ公立大学図書館
BPU, ms. fr. 57, f° 326
ウルスラはブルターニュ地方のお姫様です。
彼女の美しさは他国でも評判で、イングランドの王様が嫁に欲しいと言ってきました。
しかし、この5世紀中頃イングランドはキリスト教に改宗してなかったので、敬虔なクリスチャンのウルスラはイングランド王に条件を出します。

その条件とは、
1、私(ウルスラ)に10人の乙女をつけること(側近のようなもの)
2、私(ウルスラ)と10人の乙女に、それぞれ1000人の乙女を仲間として与えること(計1万1000人)
3、この人数が乗れる船を用意すること。
4、この1万1000人がキリスト教によって清められるまで3年間は結婚を待つこと。
5、そのあいだに花婿もキリスト教徒になること。

この無理難題をイングランドは承諾します。
命令はすみやかに実行され、各地から清き乙女たちが集まってきました。

聖ウルスラのケルン到着
「聖ウルスラのケルン到着」
ベルナルド・ダッディ
テンペラ
1330年頃 イタリア
乙女たちがそろい、皆が船に集まるとウルスラは秘密の計画を打ち明けます。
彼女は全員をキリスト教徒に改宗させると、まず軍事訓練を始めました。
武器を持ちあるていど自分の身が守れるようになると、船を東へ向かわせました。
天使に導かれケルンに寄り、やがてローマに着きます。
1万1000人の中でまだ洗礼を受けていなかった者は、この地ローマで洗礼を受けました。
そしてローマ教皇キリアクスも、この乙女の集団に付き従い船に乗り込みます。

聖ウルスラと1万1000人の乙女たちの殉教
「聖ウルスラと1万1000人の乙女たちの殉教」
作者不詳
1492〜1496年頃
油彩
ビクトリア・アンド・アルバート美術館

しかし、この時から陰謀が動きだしました。
ローマ軍の将軍がキリスト教の拡大をおそれ、フン族の将軍にウルスラたちを皆殺しにしてくれと頼んだのです。
この他国に依頼するとこが政治的でリアルですね。
ローマ軍はウルスラたちの動きを細かくフン族に報告します。
やがて、ウルスラたちがケルンの港に到着した時、戦闘態勢を整えたフン族が襲いかかります。
ある程度の武装をしているとはいえ、素人の女の子ばかりの集団です。
ひとたまりもありません。
聖ウルスラは胸に矢を受け、1万1000人の乙女たちとともに殉教したのです。



聖ウルスラの祭壇画
「聖ウルスラの祭壇画」
ハンス・メムリンク
1489年
メムリンク・ミュージアム
悲劇です。
あまりに悲しすぎます。
しかし、天使が群れなすような清き乙女たちのイメージは、1度聞いたら忘れられない強烈なインパクトを持っています。
ウルスラの目的はおそらくキリスト教徒を増やすことにあったのでしょう。
ウォラギネの文章によると、ウルスラは殉教することを前から知っていたそうですが、その仲間も道連れになることは知っていたのでしょうか。
あまりにも多人数の殉教という悲劇はその目的を大きく超えて、永遠に忘れられることのないイメージをわれわれに残したようです。

「黄金伝説」は残酷な物語のオンパレードです。
私が残酷なものは苦手なのでここでは取り上げてないのですが、原典のほうでは信仰のために次々と人が死んでゆきます。
「聖セバスチャン」ピエトロ・ペルジーノ
「聖セバスチャン」
ピエトロ・ペルジーノ
15世紀後半〜16世紀初頭
ルーブル美術館

「黄金伝説」が人を惹きつけたのは、この残酷性にあったようで、中世以降、多くの画家や彫刻家が聖人の殉教をテーマにした作品を残しています。
今でもニュースで衝撃映像とかがあるとつい見ちゃいますが、あれと同じような感覚ですね。

しかし、宗教改革の波が広がるとともに「黄金伝説」の人気はすたれてゆきます。
残酷性や非日常的な信仰の姿が現実とあわなくなってきたんですね。
たしかにキリスト教が弾圧されていた時代と、ローマ教皇が国王のような権力を持つ時代とでは、同じ言葉でも意味が違ってくるでしょう。

また、原作には同じようなお話が多いのも飽きられた理由の一つだと思います。
ローマ兵に捕まる→釜ゆでにされる→神のご加護で死なない→棍棒でなぐられる→神のご加護で死なない→斬首される→天に召される
というパターンが多すぎます。
原作者のヤコブス・ア・ウォラギネさんは、史実や物語の完成度などよりも、とにかく各地に伝わる聖人伝を1話でも多く集めることに力を入れていたようで、これが単調さの原因になっています。
初期印刷本の「黄金伝説」
初期印刷本の「黄金伝説」
1488年 リンツ
しかし、キラッと光るショートストーリーや、コミカルなお話もいっぱいあるので、現在あまり人に読まれていないのは寂しいですね。

日本語版は人文書院から全4巻完訳の、
「黄金伝説/前田敬作 今村孝・訳」
と、新泉社から13話を選んだ
「黄金伝説抄/藤代幸一・訳」
が出ています。
大きな図書館に行けばどちらも置いてあると思います(古書店では、全訳は高い、抄訳は部数が少ないようです。)
大きな声では言えませんが、全訳のほうが訳は良いですよ

でも、できれば忠実な訳でなくていい(面白おかしいほうがいい^^)ので、どなたか文才のある方が買いやすい文庫本で出してくれないかな〜、と夢見る今日このごろです。



中世トピックス 2月号 おしまい
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